2004年11月 氏田 裕吉 ひとりごと バックナンバーは最下行から
| YMCA 〜信念〜 |
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2004年11月24日 (水) 心のこもった熱いメッセージをお伝えします。 私たちのリーダー会は全員で多いときで70名ぐらいの人たちがいました。 その人たちが月に1回集まる「全体リーダー会」というものがありました。 前にもお話しした通り、体育会のような組織ではないため、強制参加というものではありません。 したがって、70人はいるのですがだいたい毎回40人ぐらいの参加者しかいなかったのを覚えております。 特に、先輩方の参加が悪く、後輩たちにも良い影響が与えられないと苦慮していました。 そんなときに、7月に行った「全体リーダー会」になんとしても全員のリーダーを集めようと他の役員と考えたことがありました。 各ユニットの代表の方にお願いしたり、それぞれのリーダー宛に自筆の署名の入りの文章を渡しました。 「なんとしても全員のリーダーが集まる会にしたい」 念ずれば、花ひらく。 60人以上のリーダーが集まり、多いに盛り上がったことを覚えております。 ちょっとした些細なことなのですが、手紙を書いて、会うたびにお願いをして、そんな私の姿勢に他のリーダーたちも共鳴してもらえたのではないかと今でも思っています。 「絶対にしてみせる」そんな強い信念が、何かを成し遂げるには必要なのかもしれません。 「絶対に、私が代表をするリーダー会での活動を盛り上げてみせる」 そんな強い信念を、自分にできるのだろうかという不安を打ち消すぐらい、持っていました。 「絶対に、全国リーダー研修会を成功してみせる」 (来週からの予告でした。) 元気があれば何でもできる。 明日からもがんばっていきましょう。 <リーダーたちへの手紙より> ユニットだけの活動ではなく、全体の活動を通して自分自身のリーダー活動を考えてみましょう。 今、70人はいる全員のリーダーと交流してみましょう。 きっと新しい発見があり、学びがあります。 いつも僕たち役員は南Yリーダー会のこと、全員のリーダーのことを考えています。その僕たちが毎月行っている全体リーダー会があります。 全体リーダー会に来てください。 そしていろいろなことを感じとってください。 そのことが自分自身の成長につながるし、またいいリーダー会つながっていきます。7月3日7時に全員が集まり、始められることを我々役員は楽しみに待っています。 会長 氏田 裕吉 (2004.11.24[Wed])
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| YMCA 〜人前で話す〜 |
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2004年11月17日 (水) 心のこもった熱いメッセージをお伝えします。 私は、人前で話をすることに苦手意識がありません。 というのも、この会長時代の経験が生きているから だと思います。 会長時代は人前で話すことばかりでした。 定期的な 集まりでは50人ぐらいの方を前によく話していましたし、 最大で300人ぐらいの方々の前で司会をしたこともありました。 このときの経験はいろいろなところで、特に前の会社のときに役立ちました。 なぜなら、旅行会社のときは旅行説明会に始まり、添乗員でお客様と一緒に旅行に行ったときなど、人前で話すことばかりでした。 こんなときもあまり苦にもならず、逆に楽しんでいたかもしれません。 よく友人たちにも人前にで話すコツみたいなものを聞かれるのですが、一言「遺伝です」と答えております。 ちなみに、友人の結婚式の2次会では4回、司会をしております。 来年の3月には5回目も控えており、ますます磨きをかけていきたいと思っています。 元気があれば何でもできる。 今日もがんばっていきましょう。 氏田 裕吉 (2004.11.17[Wed])
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| YMCA 〜ハチャメチャ〜 |
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2004年11月10日 (水) 心のこもった熱いメッセージをお伝えします。 今週はちょっとYMCA時代のハチャメチャ話をお伝えします。 〜その1 六甲山遭難事件〜 「ゆうきちさん、遭難したんで警察呼んでください」 そんな電話から遭難事件は始まりました。子供たちとの活動の前に私たちは下見を行っていました。その日も六甲山への下見に来ていたのですが、前の日からキャンプをして遊んでいたせいで、下見のスケジュールが遅れておりました。 ちょうど夕方ごろから、4人で来ていたのですが、2人ずつに分かれて、有馬温泉に抜ける山道を別々に歩いていたところ、別の2人が遭難してしまったのです。 なんとか、携帯電話がつながったのですが、残りのバッテリーも少なくなり話しがあまりできません。 とりあえず、明かりのある方向へ道を進めという感じで話していたのですが、電話もつながらなくなり、22時頃になったと思います。 いよいよ、明日の新聞に載るかと覚悟したところ、「無事に山頂に戻ってきた」との連絡がありました。 その2人は明かりの方向を目指して、真っ暗な中、滝を滑り落ちたりしながら、なんとかたどり着いたとのことでした。(1人は少しケガもしておりました。)よかった。よかった。 〜その2 竹狩り〜 それは子供たちと竹細工をするプログラムがあって、その竹がないとのことで、深夜12時ぐらいに、後輩と一緒に生駒の山奥に「竹狩り」に行きました。 竹林の中、2人で、のこぎりやなたを持って狩りに行くのですが、真夜中にギコギコ、そして、竹が倒れるときはバターンと音が鳴ったりしました。 2人で5本ぐら い竹を倒していました。 そんな「竹狩り」がおもしろいと言う事で、違うイベントに使うために、8人ぐらいで後輩の軽トラックに乗って行ったこともありました。 8人がかり、バターン、バターンと竹狩りをしていました。 ふと、そのとき考えたのですが、これは国有地OR私有地ということは狩ってはだめなのじゃないか? その横でバターン、バターン。どんどん竹が倒れていました。結局、軽トラックいっぱいに竹を載せて帰りました。 〜その3 スキー場にてキャンプ〜 これは先輩が企画したのですが、兵庫県にあるハチ北高原にスキーに行ったのですが、学生の身分なんでお金がないため、テントを張ってスキー場に泊まろうということになりました。 これがまた大変でして、あまりの寒さに眠ることができません。 シュラフを1人2個持って、2重にして使っていたのですが、寒くてたまりません。 結局、次の日の暖かくなった昼ごろに 眠れたような気がします。 ちなみに、このときはスキー場にテントで2泊したのですが、ずーと私はテントの中にいました。冬山をなめたら、いかん。 元気があれば何でもできる。 今日もがんばっていきましょう。 氏田 裕吉 (2004.11.10[Wed])
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| YMCA 〜信じて任せる〜 |
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2004年11月03日 (水) 心のこもった熱いメッセージをお伝えします。 会長という立場もあり、いろいろなプロジェクトの依頼が まずは私のところに話がきます。 クリスマス会の運営、感謝会の運営、子供たちと家族が 参加するカーニバル、リーダースキー、リーダーキャンプ、 林間学校への派遣などなど本当にたくさんのことがありました。 もちろん、すべてを自分ではできませんので、他の役員や リーダーたちに協力をお願いしていました。 そんなときに、思っていたことは「振り逃げはしない。 信じて任せて、責任は自分が取る」ということでした。 特に「信じて任せる」今でもこれに尽きるとも思っています。 これはある人からもらったか、勝手に置いてあったのを読んだか、 そのことについて書いた紙をコピーして今でも持っています。 自分に置き換えても同じですが、何か頼まれて仕事をするとき でも「信じて任せられる」とやる気もでるし、頑張ろうとします。しかし、その反対の状況ですることほどおもしろくないことはありません。 前の会社の仕事では、私をサポートしてくれる女性の方が、多い ときで3人いました。 そのときも同じです。 あれこれグチグチ言わないし、おこった言い方で言わない、脅かすようなことは もちろん言いません。 「信じて任せる」これが根底にあったような気がします。 そんなきれいごとでは、済まされない社会人の世界ですが、自分の根底には「信じて任せる」が常にあるように心がけています。 元気があれば何でもできる。 今日もがんばっていきましょう。 氏田 裕吉 (2004.11.3[Wed])
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