2005年07月 氏田 裕吉 ひとりごと バックナンバーは最下行から
| 高校受験 |
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2005年07月27日(水) 心のこもったメッセージをお伝えします。 私の高校の母校、それは当社の帝塚山店の近くにある住吉高校です。 なぜか知らないが、中学校時代は住吉高校に行きたくて、行きたくて たまらなかった。 先週にお話したとおり、学校での生活態度はあまりよくなく、いわゆる 内申点はその学校のレベルには達していなかった。 それでも併願の私立高校が受かったこともあり、受験できることになった。 私が受験したその年は、受験した高校の倍率が高く、中3の担任の先生からは 落ちたらもう一つ上の学校が定員割れしているので、そちらにいけるとまで 言われる始末でした。 そんな中でも、石井先生と両親は私が受かると信じてくれていました。 そして、試験の結果は、、、、、、合格。 私が受験した当時は、内申点をトータルした成績が同じなら、当日の成績を 優先することになっており、それが幸いしたみたいでした。 実は、合格発表を見にいくときにもエピソードがあり、たぶん10時に高校の 正門に張り出されるのですが、ほとんどの生徒はその時間に見に行くのですが、 落ちていたら恥ずかしいので30分ほど遅れて見にいったのを覚えています。 その話はユーザーレポートにも出ている園田くんにもよく笑い話にされます。 試験の結果がわかってから、まずは両親、そしてその次に石井先生にお電話 したのもよく覚えています。 そんなお世話になった「帝塚山泉の会」の講師をしないかと頼まれたときは なにかお役に立てればと思いましたし、生徒たちとの熱いやり取りも非常に 楽しみでした。 「将来の夢はなんですか?」 来週の予告でした。 気合があれば何でもできる。 明日からもがんばっていきましょう。 氏田 裕吉 (2005.7.27[Wed])
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| 中学校生活 |
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2005年07月20日(水) 心のこもったメッセージをお伝えします。 先々週の続きです。 私と「帝塚山泉の会」との出会い。 それは小学校5年生のときです。 ちょうど私の父親が通っていたことが入塾のきっかけでした。 今の私だけを知っている人からすれば、想像できないかもしれませんが、 けっこうやんちゃな中学校生活でした。 先生とは言い合いはするし、理由は大きな声では言えませんが、中学校1年の 春休みは、毎日学校に通わされていました。 そんな私が、塾の先生方にも迷惑をかけたことは言うまでもありません。 特に、中学校3年生の夏休みの前に、あることがきっかけで塾をやめる寸前まで いったのです。 しかし、そんな中でも塾長の石井先生の励ましもあり続けることになり、 それ以降は志望校に向かって、勉強まっしぐら。 今思えば、周りの環境も整い、精神的に落ち着くことができたから、勉強に集中 できたような気もします。 来週はおもしろ、高校受験話を。 気合があれば、暑い夏も乗り切れる。 がんばっていきましょい。 氏田 裕吉 (2005.7.20[Wed])
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| 「電車男」と「イチロー」 |
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2005年07月13日(水) 心のこもったメッセージをお伝えします。 先週の続きといこうと思ったのですが、それは来週に続く ということで。 さて、久しぶりに連休をもらいリフレッシュ休暇させて もらいました。 連休中の主な出来事としまして。 まずは、「電車男」から。 先週はドラマ版「電車男」を見て、なかなかおもしろかった ので、これはブームに乗っておけということで、映画版 を見にいきました。 ドラマとは違いスピーディな展開で、予想より◎。 単純な私なので、明日からは電車で会社に通うことにします。 (じょうだんです) そして、次は「イチロー」。 「イチロー262のメッセージ」という題名の本を買っていた のですが、なかなか読む時間がなくて、この機会に読みました。 それぞれのメッセージの奥が深く、勉強になりました。 その中でも、 「ちいさいことをかさねることが、とんでもないところに行く ただひとつの道」 さすがイチロー。 連休最高。 気合があればなんでもできる。 明日からもがんばっていきましょう。 氏田 裕吉 (2005.7.13[Wed])
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| 帝塚山泉の会 |
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2005年07月06日(水) 心のこもったメッセージをお伝えします。 先日、私のパソコンにメールがありました。タイトルは「氏田先生、 お久しぶりです。」という内容です。 よくよく見てみると、私が大学生時代に、講師をしていた塾の生徒からでした。 大学時代は、4年間塾の講師をしていました。 私が大学に入ってやりたかったことは、2つありまして、1つは去年お話 しましたYMCAのボランティアリーダーで、もうひとつがこの塾の講師でした。 ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、万代池の近くある「帝塚山泉の会」 という塾で講師をしていました。 私自身、小学校5年生から中学校3年生まで通っていたことがあり、また 「帝塚山泉の会」なくして、今の自分はないと言えるぐらいの存在です。 教えていた教科は、社会と英語で非常に熱い先生だったように思います。 中学生の反抗期まっさかりの生徒たちに、時には厳しく怒ったり、悩みの相談に乗ったり していました。 一番付き合いの長い生徒たちとは4年間も接する機会がありましたので、生徒 たちの成長が見れるのも非常によかったです。 と今日はこれぐらいで、「帝塚山泉の会」の話の続きは来週に。。。 <私の恩師、「帝塚山泉の会」の石井正純先生と、当社社長氏田の対談はこちらをご覧ください> http://www.jbi.co.jp/ujita/Tai08.htm 氏田 裕吉 (2005.7.6[Wed])
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