2005年12月 氏田 裕吉 ひとりごと バックナンバーは最下行から
| 2005年 |
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2005年12月28日 (水) 心のこもったメッセージをお伝えします。 2005年もいよいよ終わりを迎えます。 1年を振り返ると、本当に色々なことがありました。 1年前の自分と今を比べると間違いなく成長した姿 になったと思います。 自分が理想とするそんな姿をイメージして、それを 願い、コツコツ努力をすると何でも実現できるそんな 風に思います。 次の1年も絶対にやりきる、心の底からそのようなことを願い続けたいと思います。 2005年、氏田 裕吉、そしてウジタオートサロンを 支援頂いたみなさん、ありがとうございます。 来年も「モーレツな向上心」でがんばってきます。 どうぞよろしくお願いします。 氏田 裕吉 (2005.12.28[Wed])
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| 3色ボールペン |
私が仕事中で使うボールペン。 それは3色ボールペン。 黒、赤、青の3色で非常に便利が良いのです。 こよなく愛しています。今まで、商談中でもこのボールペンを使っていたのですが、輸入車を扱っている者として、これでいいのかと思い、今はCROSSのボールペンを使っています。 これも非常に想い出深いものです。 前の会社を辞めるときに海外チームのみんなからもらったものです。 いつも安物のボールペンを使っていたのを知っていて選んでくれたと思います。 なくしたら、もったいないと思って使っていませんでしたが、これを機に使い始めることに。 これを使っていると前の海外チームの面々を思い出して、さらに力をもらっているような気が。 3色ボールペンとCROSSのボールペンで真剣勝負! (2005.12.23[Fri])
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| モーレツな向上心 |
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2005年12月21日 (水) 心のこもった熱いメッセージをお伝えします。 書店などで立ち読みをしていると目に付く言葉 があります。 「できる男」や「勝ち組」、こういった言葉に 引かれて、ついつい雑誌を買ってしまうことが よくあります。 なぜなのか? 勝ち組になりたいのか? 自分が仕事をしていく上で、どうせやるなら できるようになりたい。 常に向上心を持っていると思います。それも モーレツな向上心を。 以前は、だれかに勝ちたいとか、そんなことも 考えたことがありました。 最近は、そのようなことはあまり意識しません。 常に自分との戦いなのです。 仕事ができるようになりたい、知的興奮を味わい たい、新たなビジネスを展開したい。 「モーレツな向上心」それが私の仕事のテーマです。 気合があれば何でもできる。 明日からもがんばっていきましょう。 氏田 裕吉 (2005.12.21[Wed])
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| 正月目指して、、、 |
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2005年12月14日 (水) 心のこもったメッセージをお伝えします。 年末はバタバタといそがしく、毎日を過ごしています。 たぶんは年末までは休みなく(?)追いこまれそうです。 そんなときは、正月休みのことを考え。 〜正月の楽しみ〜 <大晦日のPRIDE男祭り> 小川対吉田に注目が集まりますが、個人的には五味対マッハ。 五味は今、一押しの選手です。 <ゴルフ> ほとんどゴルフはしませんが、今年から3日の日に中学校 のときの同級生でしております。 30歳記念コンペ(?) ということで、なんと17名も集まるみたいです。要練習。 <最後に> なんといっても友人たちとの集まり。 これが一番です。 独身貴族の私はなんの気兼ねもなく、飲み回れます。 転勤族のときは、大型の休みに遊びまくって、連休明けに よく体を壊していました。 正月休みを目指してがんばるぞー! 気合があれば何でもできる。 明日からもがんばっていきましょう。 氏田 裕吉 (2005.12.14[Wed])
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| 阪急交通社 鹿児島支店 |
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2005年12月07日 (水) 心のこもった熱いメッセージをお伝えします。 「轄繼}交通社 鹿児島支店」私が最初に社会人として 過ごした会社です。 「鹿児島支店」、大学卒業間近の私に人事部の部長から 事前に電話で辞令が届きました。 私の同期は48人ぐらいいましたが、単身地方支店に 配属になったのは私ぐらいものでした。 最初から期待 されていたのか、それとも、、、。 今となっては真相 はわかりません。 その当時、会社の業績は絶好調。 旅行業界全体では第 4位でしたが、とりわけ海外旅行の取り使いでは業界第 2位につけておりました。 ネームバリューではHISなどが有名ですが、今でも海外では 第2位です。 さて、「鹿児島支店」と聞いたときの私の落胆ぶりは言う までもありません。 阪急交通社を選んだ理由のひとつに大阪が本社ということ もありました。 鹿児島の社会人1年目の私はというと。 まさにボロボロ。 仕事では、学生気分が抜けず怒られぱなし、自分は仕事 ができるという自信がくだけ落ちていく毎日でした。 そして、プライベートも。 いくら大金を積まれてもあの 1年には戻りたくないと今でも思っています。 ただ、今思えば「鹿児島支店」でよかったと心から思って いますし、人事の方にも感謝しております。 なにせ、「鹿児島」というといち地方だと思われるかたが 大多数だと思います。 しかし阪急交通社では、考えられないかもしれませんが、東京、 大阪、名古屋、福岡、札幌に次ぐ5番目の規模を誇る支店。 そして、支店開設以来約50年、一回の赤字もない超優良支店 で、会社の中でも一目置かれる支店でした。 そんな支店にいる先輩のみなさんは、よく仕事ができる方も 多数いましたので、とても勉強になりました。 また、大阪を離れて一人で暮らして、「仕事をするしかない」 逃げ場がないのです。 「仕事をして、成功すること」が そこで暮らしている意味なのです。 そんな中で社会人としての自分を鍛えることができてよかったと思っています。 気合があれば何でもできる。 明日からもがんばっていきましょう。 氏田 裕吉 (2005.12.7[Wed])
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